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オークボさんの言うとおり

 「浦和みたいな守備の弱いチームに負けるわけないじゃないですか。」
みたいなことを試合の数日前、神戸の大久保は言ったらしい。

 このやろー、最近は少し大人になったかと思ったが、
やっぱり性格の悪さは変わってねーなー。

 などと、思っていたが・・・・。


  2009年J1第24節
  ヴィッセル神戸   3-2    浦和レッズ  (ホームズスタジアム神戸)
        (前半   2-1)
        (後半   1-1)



 ・・・・へえ、へえ、いやまったくもって、オークボさんのおっしゃるとおりでございます。
手前どもが悪うござんした。



 それにしても、開始18秒の失点って・・・・。
何か、ナビスコでも似たようなことありました?


 しかし、この守備の崩壊は深刻です。


 根本的にレッズの選手は4バックを理解していないのでは?

 2点目のシーンで坪井が外に引っ張られた時、中ががら空きになってました。

 3バックは基本的にストッパーが3人いる形ですが、
4バックのサイドバックは、ウイングとストッパーを兼任する
非常に重要なポジションです。
攻撃と守備に献身的な運動量が求められます。

 以前国立で「日本対ブラジル」を観たとき、右サイドを機関車のように往復する
カフーの運動量にびっくりしました。
まるであかずの踏み切りみたいだった。

 今回の失点シーンで暢久はだらだらボールの方を追っていたが、
あそこは、暢久がカバーするかボランチがストッパーの位置に入らないといけないですね。

 また、ラインで守備をする以上、前線、中盤での守備がきっちり寄せないと、
簡単にウラを取られますね。

 最近は、エジもだいぶ守備に手を抜くようになってます。


 試合後の監督のコメントもいただけません。
「開始直後の失点でビハインドからのスタートになったが、よくあきらめないで追いついた。」
「以前と違って資金がないので、海外から良い選手を買うわけにはいかない。」


 失点は、不運でもハンディでもなく自分たちの責任でしょ。
失点を不可抗力のように言うのはチョット困ります。

 お金がない?
レッズは今でもJリーグでもっとも潤沢な資金のあるクラブです。
別にヨーロッパのチームと試合をしてるわけではありません。
それより、今のレッズはエメルソンやワシントンやそういった選手の個の力に頼らない
チームプレーとしてのパスサッカーを目指してんじゃないの?



 ナビスコに負けたおかげ(?)で、少し時間があります。
オランダ遠征で代表組はいないけど、
この期間に是非何とかチームの立て直しを図ってほしい。

 ガーナの選手や大学生がどんな選手かは知らないけど、
「飛び道具」ではなくて、きちんとした土台作りが必要なのでは。

 ウメや峻希や、交代選手が良かったので、
思い切って攻撃陣はスタメンをいじってみる、という手もあるでしょうね。



 昨日のゲームで、鹿島が大宮に負けても、もうあまり何も感じませんね。
とりあえず、今はウチに関係のない話なので。
一ヵ月半前なら「ウッシャー。」って言ったでしょうが・・・。





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インフルエンザワクチンについてわかってること


 新型インフルエンザのワクチンについての問い合わせがここんとこ多いです。

 結論としては
「現段階では確実なことはほとんどわかりません。」
というところです。

 どれくらいの数がいつ入るのか、料金も何もわかりません。


 わかってることは、多分相当少ない本数しか生産されないため
圧倒的に足んなくなるだろうということ。

 当然、危険度の高い人、透析や慢性肺疾患、妊婦などが優先されるわけですが
その順位も基準もまだ未定です。
「ノアの箱舟」か「蜘蛛の糸」かといった事態にならないようにしなければなりません。
まあ、フツーの健康な人は接種しないもの、と考えてください。


 でも、多分いろいろ混乱するんだろーなー。

 大事なことは、地域の医療機関が正しい知識を持って適切な対応をすることだと思います。

 しかし、医療機関の昨年までの通常のインフルエンザの対応を見ると
こりゃ、相当ヤバイなーと思わざるを得ません。
以前「本能的処方」「よくみて、よく考えよう
なんかで書いたような見識しかないお医者さんがいると思うと・・・・。


 そーいや、この間NHKの「クローズアップ現代」で新型インフルエンザの特集をやってました。
その番組で、インフルエンザの疑いが強い子供が来院して検査を受ける場面を放送してました。
お医者さんが子供の鼻にちょこっと綿棒を入れるのですが、せいぜい2,3cmだけ。
そして「このように疑いが強くても結果が陰性のことがあります。」
というナレーションが入る。

 おいおい、そんな検査じゃ陰性で出るにに決まってるぞ。
テレビ見てて思わず突っ込みいれたくなりました。
綿棒は7~8cm、鼻の突き当りまで入れないと検査の信頼度が上がらないです。



 まあ、この夏の低温で、来シーズンはスギ花粉があまり飛ばないだろうことが救いですが
この冬は、相当がんばらねばと思っています。



 あ、あともう一点インフルエンザワクチンについてほぼ確定的な事項があります。
今年はレッズの優勝はまず無いので、
当院の「レッズ優勝記念インフルエンザ予防接種半額セール」も多分無い、ということですね。

   くーーーー(泣)。

あれから1ヶ月

 長らく傷ついていた私の左人差し指も
過去ログその1過去ログその2過去ログその3過去ログその4参照)
ようやく昨日、最後のかさぶたがとれめでたく上皮化した。


 それにしても生物の治癒力はたいしたもんだ。

 あんだけ欠損して、ボロボロになった指だが、
ちゃんと指紋まで徐々に復活している。

 多分まったく同じ指紋なんだろうなー。
前の指紋とってないけど。

 DNAの働きって、ホントまじめで几帳面だなーと思ってしまう。



 バンソーコーはいらなくなったが、
さすがにギターはまだ弾けない。

 指を切ったのが7月24日だから、かれこれ一ヶ月。

 こんなに長いことギターを手にしなかったことはそうないのではないか。


 中学2年のときにフォークギターを手に入れて以来、
練習は好きではないが、何かあるとギターを手にしていた。

 高校や大学生のころは試験前やなんかでも一ヶ月手にしないことはなかった。


 大学落ちて浪人のときも、なんだかんだでギター弾いてたし。

 浪人時代は最初は、経済的な事情で当初は足利から東京の予備校まで通ってたのだが、
見かねて東京の親戚の人が自宅に居候させてくれた。

 その時も、その後11月になって親戚の家を出て下宿をした時も
部屋にひそかにエレキギターを持ち込んで、時々気分転換に弾いたりしていた。
(もちろんアンプなしだけど)




 指はもう触っても痛くないし、水なんかもしみない。
しかし、まだパソコンのキイも左は中指でたたいてる位なので、
ギターとなると、まだしばらくかかりそうだ。


 最近CDなんか聴くと、モノによってはギター弾きたい発作が誘発されるので
なるべくロックもギターものではなくて、ボーカルものやプログレ、
(先日買ったCDはピーターガブリエルとかケイトブッシュだったりする。)
はたまた時にはクラシック(!)なんかを聴くように心がけてます。


 やれやれ。



Jリーグ元年以来



 この週末は、妻と子供2人が福岡の実家に夏休みで行ってるので、
我が家はイヌと2人きり。

 ビールと枝豆も準備オッケー、
さあ、レディアちゃん(イヌの名前です)一緒にソファーでレッズを応援しよう。


 今日の放送はNHK-BS、放送解説はあの、
何をアナウンサーが訊いても
「うーーーーん。」
しか言わない元横浜マリノスの背番号10、現在高木ブーの木村カズシ氏だ。



  2009年J1第23節
 サンフレッチェ広島    2-1    浦和レッズ   (広島ビッグアーチ)
          (前半   2-0)
          (後半   0-1)



 さて・・・・・・。

「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。」

 こ、これは、・・・・カズシでなくても、コメントが出てこない。



 2002年以来のリーグ6連敗、
90分間での6連敗となると
何とJリーグ元年の1993年第2ステージ以来とか・・・・。

 何か、前回ブログに書いた、ホントに懐かしいレッズに戻ってしまった・・・。

 しかもこの10年、13勝1分け負けなしの対戦成績だったサンフレッチェ相手に・・・。
(ちなみにその1分けの試合、私、現地広島ビッグアーチで観てますが・・・。)



 困りましたね。
これはもう、ブーイングとかじゃなくて、
どうすればいいか、みんなで真剣に考えなければ、という段階ですね。


 闘莉王のクローンを作って前線に並べるとか、
平川を相手ディフェンスラインに入れてこけてもらうとか、
128億円+違約金を積んでクリロナをいきなりマドリーから引き抜くとか、

 ・・・・・どれも、現実的ではないですね。



 実はこんな時、他チームなら現実的で、すごく確率の高い連敗脱出の手があるんだが・・・

それは・・・

「連敗ストッパーとして名高い浦和と当たるのを待つ。」

残念ながらウチのチームに限って、この手が使えないんだよなー。



 

マンモス、かなピー


 ナーニ、なんだかんだ言って、オレが現地に行きゃあダイジョブ、ダイジョブ。

 などと、甘い気持ちで乗り込んだ埼玉スタジアム。
思ったほど暑くないし、こりゃいい感じ。

 ・・・・・・・と、思ったのだが。


 2009年J1第22節
  浦和レッズ    1-4    柏レイソル  (埼玉スタジアム2002)
      (前半   1-2)
      (後半   0-2)



 開始早々、積極的に攻めるレッズに柏のディフェンスは明らかに混乱していた。

 前節のガンバよりは遥かに劣るレイソルのパフォーマンスに、
やっぱ、下位チームには楽勝だな、と思っていた。

 しかし、
●今期の弱点その1:不安定な4バック
 あっさりとウラを取られての失点。

●今期の弱点その2:守備の油断
 まっさか、ここからいきなり打たないだろう、と油断したとこをポポがズドン。
で、連続失点。

●今期の弱点その3:シュートまでの手数が多すぎ
 パスはつながるのだが、崩すパスが入らないので、
シュートまでやたら時間がかかり、途中でポシャる。


 そうして燃費の悪いサッカーで、時間が浪費されていく。


●今期の弱点その4:マークの見逃し
 そりゃ、あそこでフランサがフリーなら、入れられるわ。
今シーズン、ボールやヒトにつられて、ぽっかりマークがあいてしまうことが多い。
しかし、あのシュート、思わず見とれちゃいましたね。

●今期の弱点その5:後半の運動量の低下
 パスサッカーは体力を使うので、後半、特に夏場になってから
ガクッと運動量が落ちちゃいます。
 都築は基本的にボールを放り込まないので、ディフェンダーに預ける場合が多いが、
ボールをもらった闘莉王が前を向くと、選手がまるでレッズナビのスタジオのボードのように
ピタッとポジションに張り付いて動き出すものがいない。
出しどころがないので、横パスばかりが多い。



 で、公式戦6連敗ですか。
ああ、ナンカ、懐かしい感じがしてきた。
フッ、あの頃が、蘇るぜ・・・・・。
昔のレッズはねえ、そりゃあもう・・・・・・。



 いや、いや、いや、遠い目をしてる場合ではない。
今のレッズはそれではイカンのだ。
気持ち切り替えて、少しでも上に行かねば。
さ、次行くぞ、次!


 ん?次、広島ですか。
ウラを取るのが日本一上手い、佐藤寿人の。
・・・・・ナンカ、やりたくない相手だなー。


美ら(ちゅら)海を満喫の夏休み



 さて、3日間のお盆休みを頂いて、昨日の日曜日まで4日間、
八重山諸島は小浜島まで遊びに行ってきました。


 前々日まで週間予報はマークつき。
それが前日になり、オセロゲームのようにパタパタとマークに!
やはり日頃の心がけがいいからかなー。(?)


 朝3時に家を出て、羽田から那覇、そして飛行機を乗り継いで石垣島まで。
その石垣島からさらに船に乗り、10時間以上かけて
はるばるやってきました小浜島。

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 シーサーも歓迎!
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 翌日からさっそくダイビング。
1日目は小浜島の南にある黒島へ。
天気はサイコー。
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 しかし、不安な点は私の例の指の怪我。
だいぶ良くなったのだが、まだ完全に塞がらず。
防水シールを2重に張った上から指サックをして防水バンソーコーを巻いてみる。
ちなみに、チラッとうつってるのがいつも船上で私の愛用している
「サンマの開きサンダル」です。
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 で、潜ってみたら・・・・おお、バッチリじゃん!
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 ウチの家族は全員ライセンス持ってます。
妻と息子と娘です。
気持ちイーねー。
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 こーんな洞窟を探検したり
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 おなじみクマノミちゃんをはじめたくさんの魚たちに出会いました。
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 2日目、この日はなんと波照間島まで行きました。
有人島としては日本最南端です。
流石に、海の色がまた違います。
これはそこの海底20メートルのガーデンイールの群れ。
砂からゆらゆら顔を出してます。
近づくとスッと引っ込んじゃいます。
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 そして、最後にビッグサプライズが待っていました。
波照間島からの帰りの船で、何と野生のイルカに遭遇!

 3頭のバンドウイルカが船の周りをジャンプ。
すぐ近くで3頭そろったジャンプも見せてくれました。

 八重山諸島で出会うのはけっこう稀なことらしいです。
超ラッキー!



 そんなこんなで、あっという間の夏休みは終わりました。
お風呂から見る西表島に夕日が沈んでいきます。
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 さて、またまた船、飛行機、高速道路を乗り継いで足利に帰り、
預けていたレディアを迎えに行くと
「どこ行ってたんだよー。寂しかったよー。」
とばかり、狂喜乱舞。
みんなペロペロ責めにあいました。
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 ゴメンよー、でもオマエ海どころか風呂もダメなくらい水ギライじゃん。

得点って、どーすりゃ取れるんだっけ

 南の島から帰ってきて、録画を見てみれば・・・・


  2009年J1第21節
  ガンバ大阪   1-0   浦和レッズ  (万博記念競技場)
      (前半   0-0)
      (後半   1-0)



 お盆休みは家族で沖縄、小浜島にダイビングに行ってきました。
当然、スカパーは見られないので、帰宅後荷物を降ろすやいなや、すぐ試合を見る。
(見てる途中で、電話があったので、やむを得ず1人急患も診る。
まあ、録画なんだからビデオ止めればいいわけですけどね。
ナマで見てるときは原則的に電話に出ないことになってますので、ご注意ください。
そーいや、以前患者さんのSさんは、ハーフタイムになるのを待って電話してきたなー。
いきなり「今、ハーフタイムだから大丈夫ですよね。」なんて。
そーいや、今回万博行くとか言ってたが・・・・。)


 前半から、レッズの選手の必死さが伝わってくる。
何とかしよう、点を取ろう、という意識は明らかに見て取れた。

 しかし、なかなか決定機に至らない。
シュートコースは限られ、ブロックされたり、キーパーの正面だったり。

 いい動きをしてた山田直輝の途中交代は確かに痛かった。
しかし、ポンテに変わっても、レッズの時間帯は続いていた。
都築のスーパーセーブに救われた面は、かなりあったが・・・。

 勝負を分けたのは肝心なところでの「気の緩み」。
播戸のループを阿部がかき出した時、レッズの選手は
(いや、私も含めて)
「ああ、これで助かった、ほっとした。」
と、ふっと気が緩んだ。
そこにつけ込むのが大阪人のえげつなさだ。


 それにしても、もっと大きな問題は点の取れないこと。
まるで、点の取り方を忘れてしまったかのようなレッズ。
オレも見ていて、点が入るイメージをすっかり忘れてしまった。


次節、柏戦、今度はちゃんと行きますので、頼みますよ、ホント。


新しい創傷治療


 さて、その後の指のケガだが、おかげさまでだいぶ良くなってきました。

 切り傷なんて甘く見ていて、ホント大変な目にあいました。

 感染創なんて消毒しとけば治る、などと思ってたんですが・・・。
実はその後も、平坦な経過ではありませんでした。



 以前お話したように、プーさんの助けを借りて治療してたわけですが、
(「助けて、プーさん」参照。)
どうも、いまひとつ良くならない。


 一体、感染創は、どうすりゃいいの、ってことで妻とインターネットでカチカチ検索してみると・・・

「これだ!」
というサイトを発見。
そしたら、妻も同時に同じサイトを自分のパソコンで読んでいた。
これです
新しい創傷治療

 おお、これはすごい。
読んでいくうちに、おお、うんうん、そうだそうだ、と納得の嵐。
特に、外科医になって長年疑問に思ってたことが、キレイに解決されてる。
術後の消毒ってナンカおかしいなーと研修医の頃からうすうす感じていた。


 最近、消毒の概念が変わったということや、
湿潤療法、ラップ療法なんて言葉自体は、耳に入ってた。

 当院でも、術後の消毒が変わり、最近は以前のような処置はしなくなっていたが・・・・。

 ここまで、徹底してるとは・・・・。


 曰く、
 傷は消毒してはいけない。
 傷をガーゼで覆ってはいけない。
 傷は乾かさずに湿潤状態に置く。
 傷は、水でどんどん洗う。
 傷の無菌操作はさしたる意味がない。


 今まで、教わったことは何だったんだー。


 しかし、この先生の文章を読むとその理論は医学的に納得できることばかり。


 さっそく、治療方針を改め、消毒をやめ、生理食塩水の洗浄と、
湿潤型の創傷被覆剤に切り替えた。
ネットでは洗浄は「水道水」でいいと書いてあったのですが、
最初はさすがに抵抗があり、生食を使いましたが、
今は、水道で洗ってます。
感染に対しては抗生剤の点滴を3日間。


 傷は1日ごとに目にみえて良くなりました。

 何より、治療が楽だ、痛くないし。
プーさんなくても大丈夫♪


 ハマリやすい妻は、この先生の本をアマゾンで3冊も買ってしまいました。


 この先生、形成外科の認定専門医だったらしいんですけど、
この治療法を発表した時、形成外科の学会を牛耳る教授に
「こんな、治療をしてると形成外科医と認めるわけにいかない。」
と、恫喝され、専門医を返上しちゃったそうな・・・・。


 おおー、何てカッコいい!

 「ロックな形成外科医」ですな。




「レッド」ボルテージ

 

大原麗子さんがお亡くなりになりました。
別に私ファンでも何でもないので、今回は大原さんの話ではありません。

 大原麗子さんといえば
「少し愛して、ながーく愛して。」
のキャッチコピーの「サントリー・レッド」のコマーシャルが記憶に残ってます。

 学生時代、私がいつも下宿で飲んでたのは「サントリー・ホワイト」でした。
しかし、お金のないときは「レッド」もよく飲みました。
家庭教師先から、お歳暮に「オールド」をもらった時は、うれしくて大事に飲みました。


 当時のウイスキーは、ヒエラルキーがはっきりしていて、
サントリーだと値段の順で
リザーブ>オールド>角瓶>ホワイト>レッド>トリス
といったランク付けでした。

 その上に、輸入スコッチのランクがあってジョニ黒とかオールド・パーとかは
貧乏学生にとっては、もう全く雲の上の存在でした。

 この辺、トヨタの車で
クラウン>マークⅡ>カリーナ、セリカ>カローラ
なんてのと似てます。
(その雲の上にあったのは、もちろんベンツ、BMWです。)
まさに「アンシャン・レジーム」か「カースト制」、はたまた「士農工商」かと・・・。

「いつかは、クラウン。」なんてコピーもありました。
私、このコピーが大キライで、以後、絶対トヨタ車は買わないと決めたものです。
(今でも車はホンダです。)


 今と違って、価値観が多様化してなく、画一的だったので
一直線にモノを並べることができたのですね。



 最近は、家で飲むときは特にこれ、とは決まってませんが、
バーボンが多いけど、国産ウイスキーでは角瓶を買うことが、多いですかねー。
まあ、学生時代から1ランクアップしたわけだ。


 しかし、たまたま、この間買ったウイスキーは「レッド」でした。
大原さんのニュースの前からなので、全く偶然なんですが、
何十年ぶりかに、ふと買ってみました。

 何でですかねー。
自分でもよく分からんけど、ぱっと見てなぜか買ってしまった。
実際、最近はあまり売ってないですもんね。

 これがオレが大原麗子のファンだった、なんてことなら、
何かミステリアスな運命的なものを連想するのだが・・・。


 やっぱ、最近レッズが連敗中なので、応援の意味をこめて、かなー。
オレの場合・・・。



 「レッド」を飲んで、「レッズ」の連敗脱出を祈ろう、なんて。


 でも、何となく「レッド」って、昔から悪酔いするんだよなー。



アルフレッド危機一髪



 今を去ること10年以上前、当時小学生の長男が学校の校庭でヤモリを見つけた。
ちょうどその日は運動会で、家族全員、その場にいた。

「おお、ヤモリだ。」
「カワイー。」
「ウチにもって帰って虫獲らせせよう。」

 我が家は妻も娘も含めて、みんなトカゲとか爬虫類関係はOKなので、
そのまま、息子が自宅まで手の中に入れて戻り、
我が家とトナリんちとの塀の間に放した。


「がんばって、虫獲ってね、アルフレッド。」

 名前はいつの間にか「アルフレッド」になってた。



 さて、「ヤモリ」は「家守」(または「守宮」)と書き、爬虫類、
「イモリ」は「井守」とも書き両生類で、
それぞれ家や井戸を守るという言い伝えがあります。

(中学のときの理科の三森先生は授業で「ヤモリは爬虫類、イモリは両生類、ミモリは哺乳類。」
などというしょうもないジョークをいってたけど、おかげで覚えました。)


 で、その後、おそらくはこのアルフレッドだと思うんだけど、我が家に住み着いたらしい。
毎年、夏場になると、風呂場の窓に張り付いてる姿をよく見かける。
リビングのでっかい掃きだし窓の外側にいることもある。
ヤモリは肉食で虫を食べるから、電灯や窓際など光を求めて虫が来るとこで待ち伏せしてるのだ。


 風呂に入ってて、すりガラスの窓越しにアルフレッドの白いおなかを見ると、心が和むもんだ。


 今年も風呂場の窓でヤモリを見た。
さすがに、もう、あのアルフレッドではないのではと思うが、
世代を継いだ「アルフレッド2世」の可能性は、けっこう高いような気がする。
まあ、ヤモリは意外と長生きで10年以上生きるという話もあるから、
初代の可能性もゼロではないが。



 そして、今朝のことである。
いつものように、イヌの散歩に出ようと玄関を出たら、
病院の壁のところになんかぶら下がってる。

 近づいてみると、何とヤモリがクモの巣に引っかかってぶら下がっていた。
ヤモリは大きいので、クモの巣が壊れたのだが、
尻尾のとこだけ絡み付いて逆さに宙ぶらりんになっていたのだ。

 「ああ、アルフレッド・・・、まさか、こんな死に方をするとは・・・・。」


 がっかりして、見ていると、逆さのヤモリのノドのところだけがごくりと動いた。


 「おお、まだ息があるぞ。」


 クモの糸をはずし、塀際に連れて行って放すと、
意外にもすばやく、走り去って石の下に入っていった。



 よかったー。
二度と、あんなドジは踏むなよ。
ったく、もう。


夜明け前が一番暗い

 
 前日の広島対鹿島の広島はすばらしかった。
ヒサトの決定力もさることながら、
次々に連動してパスをつなげる有機的な攻撃。
全員の意思統一がなされていて、判断が早い。
ディフェンスラインから、攻撃の形が始まるサッカー。

 おお、こういうサッカーをレッズは目指してるのか。
と、感心したものだ。

 さてその結果、鹿島は勝ち点の上積みができず、
レッズが勝てば勝ち点差は7に。
最終節で鹿島に勝つから、実質的な勝ち点差は7-3で、たったの4じゃん。
おお、こりゃ行けるかも、と乗り込んだ日曜日の埼玉スタジアムだったが。


 2009年 J1第20節
  浦和レッズ   0-1    清水エスパルス   (埼玉スタジアム2002)
    (前半    0-0)
    (後半    0-1)



 取らぬ狸の皮算用。

 前半のレッズはいい感じだった。
パススピードも速く、ドリブルやポジションチェンジをまじえ、
この3試合のうちでは一番決定機を作ってたのでは。
元気、直輝の若手もよく動いてたが、一番気合が入ってたのが阿部勇樹。
やっぱ、前回のオウン・ゴール、悔しかったんだろうなー。


 しかし、叩いても叩いても、扉が開かない。
一点が、遠い。

 そして、後半にかけて、疲れもありだんだんマッタリしてくる。

 都築から坪井へ、坪井から暢久へ、暢久からまた坪井に、
坪井から阿部に、阿部から平川に、平川からまた阿部に、・・・。

 何度この最終ラインをボールが横移動しただろう。

 広島の攻撃はここから始まっていた。
鹿島がポゼッションしてたということもあるが、最終ラインから前線への
供給線が、はっきりしていた。

 
 それにしても、相変わらずもろいディフェンスライン。
今回は、岡崎を怖れるあまり、そっちに人数が引っ張られてフリーの選手を作ってしまいました。

 まあ、新しいスタイルは依然完成途中で、
怪我人も多く、連戦の疲れもあり、
仕方ない、っていちゃえばそれまでなんだが・・・。



 この際、少しうまく行かなくても、このサッカーの熟成を待ちましょう。

 補強の話もあるようだが、あくまで今のスタイルを補う選手を選んでほしい。

 くれぐれも、エメやワシントンみたいに、
預けとけば何とかしてくれるフォワードを獲らないように。

 せっかく、維新になったのにまた江戸時代に戻っちゃいますから。






耳鼻咽喉科認定専門医試験その3



 前回、前々回からの続きです。
その1、その2を先にお読みください。


 さてそんなこんなでめでたく認定専門医になった私ですが、
次の年は、妻が受験となりました。

 まあ、同じ耳鼻科医で入局が1年違いですから、当然次の年に受験となるわけだ。


 その年、妻は2月に長男を出産。
これは、当初4月の予定日が、1月に破水しちゃったため
緊急入院、点滴など治療を続け、何とか無事出産できました。


 受験に必要な、症例数、学会発表などはすでにクリヤーしていたため
受験申請をし、子育てをしながらの受験となった。


 「すすんでる?」
 「子供の世話がねー。また、写真とっちゃった。」

 産休なので時間はあるはずだが、あまり受験生としての自覚がないようだ。
まだ、寝てばかりいる新生児の写真ばっか撮ってる。



 こっちは仕事は忙しいが試験終っちゃったので気が楽だ。

 「多分、神経の問題、ワレンベルグがでるぞ。」

 試験問題は記述と選択混合で、
大問は聴覚や鼻副鼻腔や、喉頭、咽頭の各分野から出題され、
鑑別診断や検査、治療について問われます。

 その中で、毎年必ず神経・筋疾患の問題が1問出ます。
これがなかなか難しい。

 ワレンベルグ症候群はヤマだと思ったが私のとき出なかったので、
今度は出そうだと。

「あー、ワレンベルグねー、やっとくか。」



 さて、試験は同じ8月の第1土曜日曜、東京です。

 今回は、別の問題がありました。

 長男です。

 2月生まれの彼は、まだ5ヶ月、しかも母乳です。


 私が車運転して行って、東京まで日帰りで2日間通う。
しかも、試験時間中は私が廊下で抱っこしていて、適宜オムツ換えなんかをする。

 そして、試験の休み時間におっぱい飲ませる、という離れ業を行い
何とか、試験を受けることができました。


「どうだった?」
「うん、ワレンベルグ、出た出た。バッチリできたよー。」



 そして、妻も無事合格しました。
まあ、オレのおかげだな。



 日盛りのビル街の街路樹で鳴いてるセミの声を聞くと
あの夏の日を思い出します。

耳鼻咽喉科認定専門医試験その2

 
 前回の続きです。
一つ前の、「その1」からお読みください。



 当時私は、総合病院の耳鼻咽喉科の科長をしてました。

 一緒に試験を受けるのは同期入局のヤジさんこと矢島先生。

 6年目になると、カルテやメモをひっくり返して5年間の研修記録をノートにまとめます。
それを教授のとこに持って行って確認してもらってハンコをもらい
耳鼻咽喉科学会に郵送して、それが認められれば、受験資格が得られます。

 春から、過去問の問題集とテキストをコツコツ始めます。

 ヤジさんは大学病院勤務のため、医局会や症例検討会なんかで顔を合わせるたび
「勉強やってる?」
「いやー、なかなか。」
と、お互いにけん制し合います。

 仕事の合間や、暇を見ては問題集をといたり、重要事項を暗記します。
医師国家試験から5年、年齢とともに記憶力は減退しています。

 「うー、覚えらんねー。」



 そして夏、ヤジさんと試験を受けに行くことになりました。

 試験会場は東京。

 金曜日の仕事が終わった後、前橋駅で待ち合わせて、
夜東京に向かいました。

 会場近くのホテルに宿をとり、一緒に食事をしましたが
「今夜は、飲まないでおこう。」
ということで、いつもは朝まで飲んじゃう二人が、早々に各々の部屋に戻りました。


 試験は2日間。

 初日が筆記試験で、2日目が口頭試問。
ヤジさんは東京に2泊したのですが、私はちょっとした事情がありました。


 当時私は、結婚したばっかり。

 そう、何とか自分が子供のころから見てきた「足利の花火」を妻と見たかったのです。


 そこで、妻には土曜日に前橋から足利の実家のほうに行っててもらって、
私は東京からいったん足利に戻り、また翌日東京へ、という強行日程を組みました。


 1日目の午前、午後の試験を受けて、夕方足利に帰ってきたのが
もう7時を少し過ぎたころでした。

 足利市駅をおりると、花火見物の人で大混雑。
みんな短パンや浴衣や、そういった格好なんですが、
その中をネクタイ、スーツ姿でカバンもって人を掻き分けながら中橋をわたります。

 当時足利の花火は、今よりかなり西より、ちょうど田中橋、中橋、渡良瀬橋の間で上げてました。

 駅から、私の実家までは最も混雑したゾーンだったのです。

「急がねば、花火が終わってしまう。」

 あえて、花火のほうは見ないで家へ急ぎます。

 あっという間に汗だくです。


 ドロドロになって家に着くと、彼女は浴衣を着て待ってました。

 私も用意しててもらった浴衣に着替えて、
「よーし、行こう。」と一緒に花火を見に出かけました。


 あー、オレも若かったなー。


 翌日、またスーツに着替えて(ちょっと汗でよれよれだったけど)
2日目の試験を受けに、朝早く、東京に向かいました。



 そして2ヵ月後、めでたくヤジさんとそろって認定専門医になることができました。


 ~実はその3に続く




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プロフィール

おぐぐー

Author:おぐぐー
昭和60年群馬大卒
開業医4人を中心としたロックバンドC.R.P.のリード・ボーカル&ギター担当
浦和レッズ・オフィシャル・サポーターズ・クラブ会員
家族:妻(耳鼻科医)1男1女1犬(柴犬)
http://ogujibi.com/

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